おととい、生まれて初めてコージーコーナーのケーキを食べた。
ああ、確かに安いケーキだなあと思う。
子どもの頃よく食べた、近所のケーキ工場の隅っこで販売されていた一つ二百円もしないケーキの味だった。
甘ったるくて、生クリームがいつまでも舌に残って、スポンジは少しパサついていて。
そのケーキを買ってくるのはいつも父で、母はいやな顔をしていた。
近所には他にもっとおいしいケーキ屋もあった。
でも、裕福でない家で育った父にとって、ケーキといえばあの工場のもので、それが彼の愛情だった。
たぶん、裕福な家庭で育った母には理解出来ても納得は出来なかったんだろう。
母は一つ五百円はするケーキをよく食べさせた。
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高校生くらいになってから、バイトで自分のお金でケーキを食べれるようになってから、わたしはたくさんケーキを食べた。
デパ地下で買うケーキは色とりどりで、一つだって缶詰のフルーツの入ったケーキはなかった。
ある時工場は潰れて、父はケーキを買って帰ることがなくなった。
それからわたしはずっと五百円のケーキを食べて生きてきた。
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久しぶりに食べた安いケーキはおいしかった。
今なら父親の小遣いの範囲で何か子どもにしてあげたくって、それで毎週買って帰ってきたんだと分かる。
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ケーキ屋のない地方にも、駅前にはコージーコーナーがあると地方出身の友人に聞いたことがある。
だからケーキといえばコージーコーナーなのだと。
うちの近所にもコージーコーナーがある。
前を通ると、お年寄りがニコニコしながらケーキを買っているのを見かける。
たまに孫らしき子どもの手を引いているお年寄りもいた。
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よしながふみを嫌いになった理由がはっきりした。
あの人は自分の文化水準に対して絶対的な自信を持っており、
それより下の文化を持つ人間に対してやさしい視点もなければ、作品で描写する際に愛も敬意もない。
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あそこで不二家ではなく、コージーコーナーを出したのはすごくうまいと思う。
それだけで登場人物の彼女の生い立ちや生きてきた場所がいくつか思い浮かべることが出来る。
けれども、ただただ不快。
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すべてのケーキは愛されるべき存在。